「小室さんに対する国民のアレルギーが、皇室全体のイメージに…」眞子さんと小室圭さんのご結婚で不安視される愛子さまの“将来”への影響
「眞子さまの嫁ぎ先が職なしというのは有り得ない」母親の金銭問題以上に宮内庁が懸念を示した小室圭さんの“就職問題と生活力” から続く
秋篠宮家の長女・眞子さんと小室圭さんのご結婚の行方は、皇室全体を巻き込む大騒動となった。一連の伝統儀式もせず、一時金をも辞退した「皇室としては類例を見ない結婚」はのちのち、愛子さまのご結婚にも影響を及ぼしてしまうのだろうか。
月刊文藝春秋の論考を集めた『 秋篠宮家と小室家 』(文春新書)では、識者たちがさまざまな角度からこの度の眞子さんのご結婚を読み解いている。ここでは同書から一部を抜粋し、ジャーナリスト・友納尚子氏の論考を紹介する。(全3回の3回目/ 1回目 から読む)
天皇は朝見の儀にこだわった
自民党総裁選の後、10月4日の臨時国会で新首相指名と組閣が行われるため、天皇陛下は同日、総理大臣の親任式と閣僚の認証式を行なわなければならなくなった。
そもそも10月から新年にかけて天皇陛下は最もお忙しくなる時期だ。神嘗祭(10月17日)、新嘗祭(11月23日)をはじめ、12月には賢所御神楽の儀、大正天皇例祭、節折の儀などの祭祀に臨まれなくてはならない。加えてご公務はもちろんのこと、新春のご家族お揃いの写真撮影、歌会始の和歌のご準備もある。宮内庁は、準備に追われる両陛下に新たなご負担をかけてしまうことに苦慮していたのだ。
ところで、小室圭が眞子さん対する愛が1ミリもないことぐらい国民はみんな気付いていますがいわれのない物語って愛されていないとコメントされていることがそんなに悔しかったんでしょうね。
まぁ婚約内定会見でも自分の性格について一言でいえば単純とか座右の銘を聞いているのに好きな言葉はレットイットビーでしょうかとか訳の分からないことを言ってましたからね。
あれも座右の銘の意味を知らなくて眞子さんから好きな言葉って小声で言ってたのか眞子さんもわかってなかったからあんなぐだぐだな返答になったんでしょうね。
婚約内定会見前の就職先でも座右の銘について聞かれたんだし事前質問もあったんだろうから調べておけよって感じですね。やっぱり眞子さんも小室圭も日本語が苦手なんでしょうね。
普通に就職の面接とかでも聞かれるような質問ですがまぁ好きな言葉がレットイットビーというぐらい何も考えてなくてすべてなるようになれって感じなんでしょうね。
ちなみに結婚会見ではお花がなかったですが婚約内定経験ではお花があってベゴニアの花だったようですが花言葉は愛の告白や片思いって意味があるようだから花言葉の通り片思いというのを分かって用意されたのかもしれませんね。
ちなみに日本での花言葉は片思いとかですが海外だと不幸についての警告だとか差し迫った不運の象徴とか病人への贈り物とかネガティブな意味の花言葉が多いようです。
まぁある意味ピッタリなお花が用意されたわけですね。それで私は眞子さんを愛しておりますだから笑っちゃいますよね。すごく考えられたお花だったんでしょうね。
この花をチョイスした人はかなり賢いかもしれませんね。恐らく身辺調査もしてて正体を分かっていたんだろうけどもその時は天皇皇后両陛下が皇太子時代に最後の公務として奈良県に出かけられていたからそれを邪魔することを優先して強引にねじ込んだんでしょうね。
まぁその罰がどんどん秋篠宮家にブーメランで跳ね返ってきているのでしょうね。オセロゲームだったらほぼ黒かった盤が端っこを白に取られてどんどんひっくり返されているのかもしれませんね。
やはり正しいと信じる道を淡々と進む天皇皇后両陛下は凄いですね。長年評価されなくてもコツコツとやってきた人が評価されて上手くやっているつもりでもズルばかりしているといずれ引きずり降ろされるんですね。
まぁ小室圭は司法試験も落ちるだろうし今後どんな展開を見せるんでしょうね。まぁその前に悠仁さまが筑附にいってどんな展開を見せるかですが準備会では上手くいかなかったっぽいですよね。
悠仁さまはずっと下向いて紀子さまは握り拳でちょっと思っていた展開とは違ったのかもしれませんね。本当はみんなからお辞儀されて敬意を得られると思っていたら誰も寄ってこなかったのかもしれませんね。
むしろみんなから避けられていたかもしれませんね。まぁ東大の前段階の筑附でこんな対応だからかなり疲れたんでしょうね。学力では雅子さまにはどう考えてもかなわないんですけどね。
まぁなんでも上下関係を付けたがるところは韓流ドラマの影響でも受けたんですかね。日本人には理解できないですよね。ちなみに雅子さまは学習院出身ではないのに学習院に行くと人の輪ができるようですね。
紀子さまはみんなから避けられているんでしょうね。お茶の水から悠仁さまには近づかないでと保護者から言われているぐらいだからその噂をみんな知っているから避けられたんでしょうね。
お茶の水の中学校での写真が1枚もないですからね。そりゃ警戒しますよね。結局普通に映像とか一番公開されたのは幼稚園の時ぐらいですよね。ずっと悠仁さまの首が曲がっている映像でしたね。
ただ幼稚園からおかしかったんでしょうね。文春の記事では幼稚園の3年間で運動会には必ず出席してリレー競技にも出席したが駆け足は早かったようだと書かれているんです。
でも実際はお茶の水小学校では1年生でぶっちぎりのビリと報道されていましたよね。なんか報道もどこまでが本当かわからないですね。ちなみにこないだは悠仁さまが曲がったことが大嫌いという記事がありましたが眞子さんの性格を表現するときにも使われていました。
まぁこれは曲がったことが嫌いなんじゃなくて自分の意見は絶対に曲げないってことなんでしょうね。強いお気持ちとかも意見を絶対に曲げないということを言いたいのでしょう。
なんかこの辺は美智子さまにもかわいがられていたから似ていますよね。二度目の引っ越しもそうだし悠仁さまの提携校進学制度もそうだし眞子さんの結婚もそうだし手に入れたいと思ったら批判されても国民の声は聞こえないのでしょう。
プーチンさんとは気が合いそうな感じはしますけどね。88歳で今更引越しとか何考えているんでしょうね。秋篠宮邸と近づくからまた悪さを考えているんでしょうか。
ちなみに女性自身では皇室の過去の名言を紹介していましたね。愛子さまの会見でも生んでくれてありがとうと雅子さまの生まれてきてくれてありがとうごいう名言に返された形での名言が最近でもありましたね。
そして天皇陛下も2019年には出来る限り力になり雅子を支えていきたいと述べました。雅子さまも天皇陛下との夫婦げんかについても聞かれることがあったようですが仲直りが必要なケンカにはあまりなりませんと答えられました。
さらにその会見を受けての天皇陛下の会見も私たちの団らんは笑いの絶えない楽しいものと明かされているように何かこの時は少しでもぼろを見つけて貶めるような記事を書きたかったんでしょうね。
それからも天皇陛下は雅子さまと出来る限り守りたいといった通り2004年には雅子さまのキャリアやそのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きああったことも事実ですと珍しく怒りましたよね。
ちなみに上皇ご夫妻は1984年に美智子さまのことについては点を付けるのは難しいけども努力賞と口にされ美智子さまは点数ではなく感謝状という言葉を口にされました。
毎日の日課が散歩と音読ということでキリスト教の本を二人で音読されているということなのでその時はキリスト教に洗脳しようと努力されているなと感じていたのかもしれませんね。
眞子さんに関しては秋篠宮さまが導火線が短いけども最近は丸くなったという発言や佳子さまは紀子さまが非常にやさしくて前向きで明るい人だと感じることが多くございますと答えています。
さらに情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切とメディア不振も述べていましたね。ただ紀子さまに関しては優しくて前向きで明るい人なのに今はケンカしまくっているみたいだから優しくて明るくて前向きな人を見るとけんかしたくなるのかもしれませんね。
ちょっと佳子さまも性格に問題がありそうですね。ちなみに三笠宮家の長女の彬子さまはお父様が留学で公務をしない以上は支えてくださった国民に成果を報告する義務があるというお考えに従ってオックスフォード留学後に留学記を出版されました。
そもそも眞子さまのご婚約内定発表を急いだのは、初孫としてかわいがっていただいた天皇皇后両陛下(現・上皇上皇后)に朝見の儀を行っていただきたいという希望があったからだといわれる。当時の皇太子ご夫妻(現・天皇皇后)は、眞子さまと小室さんの会見をご公務先で知って驚かれたという経緯があった。周囲には、今回、朝見の儀を行わなければ、天皇家と皇嗣家の不仲が再び取りざたされかねないと余計な心配をする声もあった。
現在の天皇陛下の深い思いやりに、果たして眞子さまが承知なさるかという問題は残されているが、いずれにせよ、宮内庁としては、天皇陛下のご意向を汲んで日程調整を進めるのに手間取ったようだ。こうして眞子さまご結婚の正式発表は遅れたまま、事態は進展していくことになった。
初めてのパスポート
9月27日、小室さんはニューヨーク出発前に病院でPCR検査を受けてから帰国した。肩まで伸ばした髪を後ろで束ねた小室さんは報道陣には何も応えずに、新型コロナ対策のため横浜市内の自宅へと向かい、14日間の隔離生活に入った。
母親の佳代さんとも久しぶりの再会だ。佳代さんは、勤務先の洋菓子店と労災をめぐってトラブル中であっただけに息子の帰国は心強いに違いない(編集部注:その後佳代さんは勤務先を退職)。
一方、眞子さまは9月30日に、岐阜県多治見市で行われる「国際陶磁器フェスティバル美濃’21」の名誉総裁として開会式にビデオメッセージを寄せられるが、これが最後のご公務となる。5年半勤めた自然史博物館「インターメディアテク」を退職され、ICU大学院も退学される。
眞子さまと小室さんの再会は、3年2カ月ぶりとなる。まずは小室さんが秋篠宮皇嗣邸で両殿下にご挨拶を済ませ、ご対面はその後になるといわれている。
10月中には、婚姻届を出される予定だが、眞子さまは一般の人が提出する戸籍謄本の代わりに皇統譜の謄本を出される。陛下の妹の黒田清子さんのご結婚の時には、宮内庁の職員がお二人の新居のある地元区役所に届け出たというが、眞子さまの場合、新居は米国であるため、提出先は、ご出発まで過ごされる予定のお住まいがある区役所か、小室さんの実家のある横浜市の区役所ではないかと見られている。
婚姻届が受理されると、新たな戸籍が作られ、眞子さまは晴れて「小室眞子さん」となり、皇統譜から除籍される。入籍後、皇族時代は不要だったパスポートを申請。眞子さまは年末か年明けに、初めてのパスポートを持って民間会社の飛行機で米国に渡り、海外生活をスタートする予定だ。