なぜ小室圭さんの「身体検査」は機能しなかったのか? 思い出される“美智子さまバッシング”

思い出される「美智子皇后バッシング」秋篠宮家への「バッシング」が止まりません。小室圭さんと眞子さんが国民の心配・懸念を無視して結婚を強行してからというもの、秋篠宮家の皇室特権濫用が次々と明らかになっています。外交機密費を通じてニューヨークへ不正送金、眞子さんの不正就職、小室圭さんのカンニング、秋篠宮邸44億円改修工事費用の流用、悠仁さまのコピペ騒動と不正入学……秋篠宮家を中心に様々な疑惑が渦巻いています。

そしてこの疑惑の中心にいるのは他ならぬ紀子さまです。「四半世紀前のできごとを思い出させます」そう語るのは、70代の元宮内庁職員です。「1993年、美智子皇后が集中的にメディアから批判をけ、お声を失うという事件がありました。日本では、時代の節目節目で皇室のあり方に関する議論が巻き起こり、そのきっかけはいつも、天皇陛下以外の皇族の誰かに対する批判から始まるのです。

今回は、眞子さまのご結婚に関する問題がきっかけになったと思いますが、かつてのケースとやや趣が異なると思うのは、さまざまな情報の発信源です。1993年当時、天皇陛下(現在の上皇)のご学友として知られた共同通信の橋本明さんは、バッシングの主は新時代の皇室改革についていけない皇室の関係者たちであると語っていた。現在の秋篠宮家に対する批判は、やはり宮内庁守旧派の影響があるにせよ、国民が納得できない形での結婚は見たくないとするネットを含めた世論の圧力の噴出であるように感じます」

一連の報道の皮切りは月刊誌『宝島30』だったとされる。当時のいきさつを知る関係者が語ってくれました。「当時、同誌は創刊されたばかりで、正直影響力もあまりなかった。記事が出てから、それを後追いしたり紹介するメディアもなく、2ヵ月ほどは無風だった。ところが1993年9月から『週刊文春』が美智子皇后に関する批判記事を連続して掲載したことから、突然“バッシング”の流れができていった」

当時の『週刊文春』は花田紀凱編集長の全盛期。実売部数で70万部以上を記録することもあったという時代(ちなみに同誌の現在の実売は約30万部)だから、その影響はとても大きいものでした。当時の『週刊文春』記者は語ります。

「皇室ネタの情報源は複数で、直接ウチの記者とはやりとりせず、宮内庁記者クラブの複数の記者などから間接的に情報を取っていました。とはいっても、情報源のだいたいの正体は分かっていた。当時は『開かれた皇室』という言葉が流行していましたが、バッシング報道の情報提供者は“奥”と呼ばれた宮内庁の側近グループとその関係者であったと思います」

その後の侍従たちの日記などから、「受勲を辞退したK侍従」こと小林忍元侍従が情報源の一つであったことが明らかになっています。なぜ「身体検査」は機能しなかったのか宮内庁には「奥」と「表」の世界があります。両陛下に関する身近な情報などは「奥」、つまり侍従や侍医、女官だけが握り、極めて秘密主義的で、保守的です。それに対し行政職に携わる「表」は長官や次長も含まれるが、彼らでさえ「奥」の聖域には簡単に踏み込むことはできません。

平成の時代に入り、そうした二重構造を解消し、オープンな皇室を作っていこうという機運が盛り上がりました。しかし、それに頑として抵抗したのが「奥」を中心とする守旧派だったのです。先の『文春』元記者は語ります。

「彼らから流れてくる情報は、かなりバイアスがかかったもので注意が必要だった。皇族にふさわしくない快楽主義を認めるわけにはいかないという文脈で情報が降りてくるが、裏を取ることはできないので、ある程度飛ばして書くしかない。それでも、当時は活字メディアの影響力は大きく、思った以上の反響になり驚いた覚えがありました」

ある小さな記事から発生した火が、やがて「大火事」に発展する構図は昔もいまも変わりません。小室圭さんのケースでは、冒頭でも触れた『週刊女性」の記事が火種となって、「小室母」佳代さんの元婚約者X氏が一時、頻繁にメディアに登場。約400万円の金銭を返してくれないと嘆いたことで、それまでの祝福ムードが暗転。眞子さまの結婚は「棚上げ」となってしまいました。

X氏に取材した大手紙記者が語ります。「最初に報じたのが3大女性週刊誌のなかでもっとも部数が小さい『週刊女性」だったことからも分かるように、X氏は自分でこの問題を積極的に広めようとしたわけではありません。X氏がお2人の結婚をプチ壊すため、誰かに操縦されてこのような告発に出たということは考えられない。

メディアに出て話すタイプの人間に、宮内庁や警察庁がアクセスして何らかの交渉をすることは絶対にありません。何か取引をして、それを暴露されたら皇室に致命傷を与えることになります。X氏はもともと裕福な外資系商社マンで、400万円程度の返済を求めるような人物ではなかった。

しかし、何らかの誤算があって資金繰りが悪化し、自宅のローンが返済できなくなった。もしX氏の生活が堅調であれば、この結婚延期問題はおそらく出てこなかったはずなのです」
この記事には敢えて触れられていない重要部分があります。
コメントで書いてもらおうというスタンス?なのかも知れませんが、それは紀子自身の出自問題です。

すでに週刊誌も一部は触れては居ますが、眞子彼の身体検査をしなかったのは、秋篠宮家だけが紀子の身体検査をやっていない、いや正確には川島夫妻から当時の両陛下の前に怒鳴りこみがあり、宮内庁伝統の七代遡る過去帳調査を結婚差別に当たるとして中止させ(いや闇に葬らせて)、これを人権闘争上の大成果と誇り、嫁に押し入らせた状態だったからです。

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